あの日を境に

巨大災害によって人生が一変した人々の群像劇

江藤美智子

(29)幕間~江藤美智子の遍路道

ああ、わざわざお出でいただいて、すいませんでしたね。江藤と申します。東北(新聞)さんの、おっ、次長さんですか。 よく私がここに勤めてることが分かりましたね。前職とまるで畑違いでしょ。スーパーマーケットチェーンですよ。え?蛇の道は蛇?さっ…

(28)美智子の前進~江藤美智子の遍路道 

「津波殉職者の『前進』に敬礼」 2016年11月、地元の東北新聞に、そんな見出しの囲み記事が載った。写真はI警察署の署長室前。壁面に政彦が木製プレートを掲げ、妻の美智子がその様子を見詰める1枚だ。二人の後ろには大勢の署員がいて、プレートに…

(27)「無駄の積み重ね」~江藤美智子の遍路道

木工所に足を踏み入れ、電灯のスイッチを押す。午前5時半。まだ外は暗い。この頃は朝晩が冷え込むようになってきた。政彦が吐く息が白く見える。 東北でも、どちらかと言えば山間部寄りのK市は寒冷な気候だ。近在の農家ではそろそろ、渋柿をもいで焼酎に漬…

(26)やすらぎから苦行へ~江藤美智子の遍路道

お遍路は新鮮だった。 何事も形から入るタイプの美智子は、喜々として白衣や菅笠、金剛杖など一式を二人分買い求めていった。行程を考えてホテルなどの予約を取るのは夫の政彦の分担となり、慣れないインターネットを使って現地の地理を確かめ、歩く速さなど…

(25)N市の寺院跡にて~江藤美智子の遍路道

合掌礼拝一礼し、山門をくぐる。四国遍路第36番札所、独鈷山青龍寺。美智子は、うっそうと茂る木々を見やりながら、なるほど、これこそが霊場だと感じ入った。お大師さまが創建なさった名刹だという縁起にも納得する。 祈願を終え、納経帳に墨書をいただ…

(24)責任感とガッツ~江藤美智子の遍路道

 江藤香織は千葉県M市の実家で、絵葉書を手にしていた。差出人は江藤美智子。もう、5年ほど顔を合わせていない義母からの一葉は例年通り、四国の何とかと言う寺の写真が添えられていた。 「もう、いいのに…」。正直なところ、香織は今後、美智子らの元…

(23)新米警察官~江藤美智子の遍路道

「義姉さん、また四国なのか」 ポストに届いた絵葉書を手に、江藤良彦はつぶやいた。兄政彦の妻美智子が差し出した私信の裏には、第何十何札所だかの甍(いらか)が映っていた。 兄夫婦はあれ以来、お遍路に凝っている。聞いていると、どうも兄はそれほど…

(22)刺激と危険の相関関係~江藤美智子の遍路道

江藤政彦は自宅の隣にある木工所で、とあるプレート作りに精を出していた。妻の美智子は一昨日から、5度目のお遍路に出掛けている。今回の作業内容は美智子には内緒だ。クリスマス商戦に備えて積み木細工を量産する必要がある、と説明してある。 higasinih…

(21)同行三人~江藤美智子の遍路道

江藤美智子は額からしたたる汗を手ぬぐいで拭きながら、空を見上げた。四国の空は快晴といっていい。何となく東北の空の色とは違うと感じる。抜けるような青とでも言おうか、ここは南国なのだと感じる時がある。10月に入ったというのに真夏のような暑さで…