あの日を境に

巨大災害によって人生が一変した人々の群像劇

氏家悠吾

(37)幕間~氏家悠吾の奉職

失礼します。自分はI警察署地域課M交番の氏家悠吾と申します。本日はよろしくお願いします。 着座にてお話させていただきます。失礼します。本日は自分の祖父母に関する取材と伺っておりますが、よろしいでしょうか。え?違うのですか?江藤さんから聞…

(36)誰かのために~氏家悠吾の奉職

氏家の警察学校での生活も残り少なくなった9月11日の朝、学校のみならず、県警全体に激震が走った。この日は東日本大震災の月命日というだけでなく、半年ごとの節目として、3月11日に次いで関連報道が増える。そのうちの一つの記事が、4000人強い…

(35)祖父母のお清め~氏家悠吾の奉職

一週間ぶりに足を運んだ町営ホールは以前より整然としていた。震災発生直後は次から次へと遺体が運び込まれていたが、見つかる遺体の数が減ってきたことに加え、搬入と安置に当たる警察、消防、自衛隊が業務に習熟してきたのだろう。膨大な遺体を扱ったこと…

(34)遺体安置所へ~氏家悠吾の奉職

S町は高台を中心に、いくつかの集落が沿岸部に点在する。寄り集まっていた方が何かと都合が良いのだろうが、海沿いには硬い岩盤の峰がいくつもあり、その峰を避ける形で低地に家々が建てられていた。 津波はこの峰々までは砕けなかったようで、地形が変わる…

(33)折り重なる二人~氏家悠吾の奉職

コンクリート製の基礎とカーポートの柱の残骸。氏家の自宅には、それしか残されていなかった。自宅「跡」と言ってよかった。 higasinihondaishinsai.hatenablog.com 氏家宅だけではない。同級生の吉井の家も、ほかのご近所さんのところも、住宅と呼べる建物…

(32)自宅の流失~氏家悠吾の奉職

自宅に向かって駆けだそうとしたところで、左腕を掴まれた。先ほどまでダベっていた友人の一人、吉井だった。 「どこ行く気だ。見て分かんだろ。降りてったら死ぬぞ」 吉井の言うことは分かる。真っ黒い津波は漁船だけでなく、海辺の住宅や木々をもなぎ倒…

(31)突き刺さる漁船~氏家悠吾の奉職

その日、中学の卒業式を終えた氏家は3年も通った場所を離れがたく、式があった体育館脇で級友らと無駄話に花を咲かせていた。輪の中にいる連中は、高校から別々になる者も多い。中学というより、地元を離れるような気分になっていたのだろう、1時間以上は…

(30)海沿いの生家~氏家悠吾の奉職

「お疲れさまです。失礼します」 氏家悠吾は校舎入り口のソファに座っていた来校者の前でピタッと立ち止まり、帽子を取って頭を下げると、一拍置いてすぐ、小走りで体育館に向かった。坊主頭にジャージー姿。これから体力の錬成の課程で、今日は10キロ走…