あの日を境に

巨大災害によって人生が一変した人々の群像劇

(18)為政者の在り方~福田禎一の街づくり


福田は、I市長の柿沼源次郎と相対していた。

 

 市役所5階の市長応接室。政策企画課の課長補佐が津波を目撃した場所の、真下に当たる部屋だ。何やら検討も付かないが、「話があるから時間を取ってほしい」と呼び出された。

 

あれから5年が過ぎていた。あの年はとにかく、がむしゃらに働いた。大地震と大津波があったのが3月11日。それから5カ月間、ちょうど新盆のころまで1日も休まず復旧事業の最前線に立った。

 

結局、君代だけでなく、隼人も遺体で見つかった。農業用水路に転落したバスはやはり、うみどり福祉会の車両で、中にいた19人全員が溺死だった。母と長男、理事長を務める障害者就労支援施設の通所者全員の死を一身に受け止めることとなった。I警察署長だった江藤が言うとおり、現実はかくも冷徹だった。

 

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どうして津波警報が出ているのに、バスを海岸方向に向かわせたのか――。通所者と運転手だった従業員の遺族からは、痛烈に面罵された。「建設会社と二足のわらじを履いているからだ」「実態は母親に任せきりだったそうじゃないか」。施設立ち上げをあれほど懇願した市民まで、福田を口汚くののしった。その末に、隼人を除く死者18人のうち11人の遺族が、うみどり福祉会と理事長である福田を被告とし、S地裁に損害賠償請求訴訟を提起する事態に発展した。


福田自身は泰然としていた。我が子を失った心の痛みや、どこかにぶつけるしかない怒りは自分も分かる。遺族には心からのお悔やみの気持ちがあったし、訴訟に加わらなかった遺族とは和解した。実質的に隼人のために設立した施設だったこともあり、うみどり福祉会も閉鎖した。それでも、君代が全身全霊を打ち込み、最後まで守り抜こうとした福祉会を被告としたことは、とうてい受け入れられなかった。

 

訴訟は基本的に代理人の弁護士に任せ、福田は建設会社のトップとして新盆以降も復旧に尽力し続けた。「あんだはこの街を造ってんだがら。早ぐ会社さ戻りんさい」。大地震後、そう言って福田を送り出した君代の顔が忘れられなくて、弱音を吐くことだけはしたくなかった。

 

5年たち、「多重防御の街」を復興方針に掲げたI市の街づくりは、ある程度めどが付きつつあった。沿岸部にあった集落群は内陸部に集団移転させた。海岸線には長大な堤防を築き、流失した防風林も植樹を続けていた。藩制時代から続く堀は浚渫し、のり面を舗装。さらに内陸側に旧来より路面を5メートルかさ上げした市道を敷設した。集団移転先を何重にも固めた布陣と言えた。


それら復旧・復興事業の進捗をひとしきり語り合ったところで、柿沼が応接テーブルの上に起案書を滑らせてきた。「(仮称)東部地区防災センター整備事業」とあった。起案者はあの政策企画課の課長補佐、現在は課長に昇進した彼になっていた。

 

「逃げろ、逃げろって叫んでもっしゃ、結局は家さとどまった人が多がったわげだ。あん時。んだもんたから、こごさ逃げるんだっていうランドマークでもあり、普段は避難訓練や防災イベントにも使える、津波は襲ってくるものなんだっつう意識付けのためのハコば、こさえてえのっしゃ」

 

福田にとっても否やはなかった。自宅や福祉会を守ろうと残った君代や、大地を覆うほどの津波など来ないだろうと思い込んだとみられる運転手のような犠牲者を、もう2度と出したくはなかった。

 

公共事業である以上、もちろん入札は行われる。政治家でもある市長は入札管理に介入できず、副市長が担っている。「天の声」など聞けるはずもないが、この工事だけは何が何でも取りに行こうと決めた。福田にはあの日以来、君代に恥ずかしくない街をつくろうと期してきた。

 

首肯するついでと言っては何だが、福田はこの際、このところ気になっていることをぶつけてみようと思った。漁港の底や、漁港に流れ込む川底に残されたままのがれきのことだ。

 

 一口にがれきと言うが、元は市民の住宅だ。先日も日下さんという、北隣のN市の山の上に宅地を買った沿岸部出身の若夫婦と会ったが、目にするだけで当時を思い出すとして今でも海に近づけない市民がいるのだ。

 

「そいづはでぎね。オラほうでねえもの。港や川ってのは国や県の管轄だって、あんだだって知ってっぺしゃ」

 

市民感情に思いを巡らせるのが為政者ではないのか。管轄が違うならば、要望という手だってあるだろう。それでなくとも時間の経過とともに、特に国は予算付けに冷淡になりつつあった。市民の思いを代弁するのが市長だろう――。役所上がりの政治家にありがちな柿沼の事務的な発言に、福田は次第に不信感を募らせるようになっていった。

 

(続)

 

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