あの日を境に

巨大災害によって人生が一変した人々の群像劇

福田禎一

(20)幕間~福田禎一の街づくり

東北(新聞)さん? いやあ、お待たせしちゃって。なに、土建屋なんてしてると、なんやかんやあるもんでね。どうも、どうも福田と申します。ほう。次長さんなんですか。吉田さん、知ってる? 御社の、営業の。あ、知らないかあ。まあ社員さん、いっぱいいる…

(19)施工企業あいさつ~福田禎一の街づくり

「したって、柿沼の話も理屈は通ってっぺよ」 福田の話を聞き、田村がいの一番に市長の見解に理解を示した。心情的には川底や漁港を浚渫するべきだとは思うが、I市にその権限はないのだから、と。これに菅野が異を唱える。 higasinihondaishinsai.hatenablo…

(18)為政者の在り方~福田禎一の街づくり

福田は、I市長の柿沼源次郎と相対していた。 市役所5階の市長応接室。政策企画課の課長補佐が津波を目撃した場所の、真下に当たる部屋だ。何やら検討も付かないが、「話があるから時間を取ってほしい」と呼び出された。 あれから5年が過ぎていた。あの…

(17)警察署長の慟哭~福田禎一の街づくり

「うみどり福祉会には、ご母堂とご子息もいらっしゃるとか。ご無事をお祈り申し上げます」。江藤が続けた。 「まだ分からんじゃないか!だいたい、母ちゃんにはさっき会った!バスには乗っとらんはずだ!」 福田は自分でも驚くほどの大音声で叫んだ。2…

(16)災害対策本部~福田禎一の街づくり

「津波、S病院くらいまで来てます!」 政策企画課の課長補佐が金切り声を上げた。I市役所きっての政策通として鳴らし、おそらく40代のうちに課長に上がるだろうともっぱらの評判だったが、危機対応には向いていないのかもしれない。緊急時にも関わらず…

(15)いつもの座席~福田禎一の街づくり

福田の母君代が最後まで生きようともがいていた頃、長男隼人はうみどり福祉会の従業員が運転するマイクロバスの中にいた。 higasinihondaishinsai.hatenablog.com I市中心部のスーパーで被災した。経営者の肝いりで、福祉会で育てた農作物を扱ってくれる…

(14)水没する街~福田禎一の街づくり

君代は慌てて玄関に駆け寄り、水没する前に外に出ようとしたが、外開きのドアは水圧のせいでピクリとも動かなかった。窓も同様に少しもスライドせず、無理に動かすとガラスが壊れる恐れもあった。 この期に及んで窓の心配も何もないものだったが、極貧生活か…

(13)気密性の弊害~福田禎一の街づくり

福田の自宅は、障害者就労支援施設「うみどり福祉会」の敷地北側に建つ。施設は、ありていに言えば長男隼人のために設立したようなものだっただけに、隼人と、実質的な運営者の母君代が通いやすいようにという配慮だった。 higasinihondaishinsai.hatenablog…

(12)農福連携~福田禎一の街づくり

福田は正直、長男隼人の世話が苦痛だった。 赤ん坊の時はまだ良かった。腹が減ったといっては泣く、おしめが濡れたといっては喚く、夜泣きする。乳児ならば当たり前だ。福田もそう思えた。 それが3歳になっても変わらず続いた。言葉も、言語らしい言語にな…

(11)立志伝中の男~福田禎一の街づくり

「母ちゃんのことを思うと、どうして、も少し早く…これ造んねがったがって…思って…」 190センチ近い巨漢が、人目もはばからず泣いた。目の前には100人を超す市民が着座し、男のスピーチに耳を傾けていた。ただ、失笑はもちろん、眉をひそめる向きも…