あの日を境に

巨大災害によって人生が一変した人々の群像劇

(20)幕間~福田禎一の街づくり

 

 東北(新聞)さん? いやあ、お待たせしちゃって。なに、土建屋なんてしてると、なんやかんやあるもんでね。どうも、どうも福田と申します。ほう。次長さんなんですか。吉田さん、知ってる? 御社の、営業の。あ、知らないかあ。まあ社員さん、いっぱいいるもんな。いや、いいの、いいの。普段、広告出稿で世話になってるってだけで。記者さんとは関係ないもんな。

 

 ところで、今日は選挙の関係? お宅に載ってから他のマスコミさんからも取材がいっぱい来てさあ。「市役所一家vs受注企業」だの、「復興現場から反旗の狼煙」とか、マスコミさんは脚色が好きだよねえ。震災が絡むってんで、こないだなんか、東京からワイドショーのクルーが押し掛けてきたよ。柿沼さんとはいつからソリが合わなくなったんですか、だってさ。参ったよ。

 

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 え? 違う? 選挙の話が聞きたいんじゃないの? 日下洋子さん…、ああ、N市の! 山の上の団地に住んでる女性だよね。彼女から聞いてきた?ほう。ウエディングドレスの飾り方はどうやって思いついたか、かい。

 

 う~ん。何て表現したらいいか難しいんだけどさ、オレの生まれ育ちに関係してるんで、ちょっと長くなっちゃうけど、いい?

 

 オレ、ずいぶん貧乏でさ。ガキの頃。10になるか、ならないかって頃にオヤジが死んじまったから、母ちゃんが女手一つで育ててくれたんだわ。朝は3時に起きて新聞配達な。その後はオレを学校に送り出してから近所の農作業を手伝って、暗くなるまで外で腰をかがめてた。それから家に帰って、家事やって、寝る間も惜しんで内職だ。母ちゃん、息子のオレが言うのもおかしいけど美人でよ。いくらでも後添いの口はあったはずなんだが、こんな馬鹿息子を優先させてね。何年もしねえうちに爪先には土が詰まり、肌はがさがさ、シミも目立つようになってた。

 

 そんでも、男手のない家計は知れたもんだろ。常に腹を空かせているようなガキでさ、近所の畑に植わってる大根引っこ抜いて、食べちまったことがあったんだ。それをたまたま、母ちゃんが見てたんだな。すっ飛んできて、頭の形が変わるんじゃないかってくらい殴られたよ。「禎一、いぐらカネねくたって、そんでは犬っコロと同じだど」ってな。

 

 ただ、腹は減るよなあ。そんな時、母ちゃんが炒め物を食べてるのを見たんだ。「母ちゃん、ずるい」って叫んで、皿に飛びついて全部食っちまった。でも、何だか変な味なんだ。筋っぽいっていうかね。よくよく見たら、大根やニンジンなんかの皮だった。母ちゃん、悲しそうな顔してたよ。オレに身を食わせて、自分は後で脇によけておいた皮食って腹を満たしていたんだな。

 

 

 大人になってからも迷惑の掛け通しでなあ。生まれた息子に障害があってよ。会社が忙しいこともあったが、本音を言えば現実を直視できなくて、母ちゃんに任せきりにしちまった。自閉症って分かるかい。親だって息子が伝えたいことが分からねえのに、母ちゃんは懸命に向き合ってくれた。息子が暴れるとな、どこにいてもすっ飛んで来て、抱き着くのさ。落ち着くまでそうしてるんだ。

 

 感謝を形にしたくてよ、家を建てたんだ。隙間っ風が入る貧乏長屋で育ったから、海鳴りってのがどうも苦手でね。母ちゃんに暖かい家に住んでほしいのもあって、最高に気密性の高い家をこしらえたんだけど、それがあだになっちまった。津波に警戒するよう呼び掛ける広報車の音が聞こえなくなっちまってた。

 

 何のことはねえ。ちょっとばかり成功したからって、オレは良い気になってて、考えなしに親殺しの道具作ってたんだ。

 

 もっと腹いっぱい、うまいもん食わせてやりたかったのに。温泉にも引っ張ってってやりたかったし、旅行にも連れて行ってやりたかった。オレはホント、考えが足りないバカで、いつでもできると思い込んでた。いつまでも母ちゃんがいるって、勘違いしていた。こんなに簡単に、本当にあっさりと、命ってやつは奪われていくのに。現実はいつだって、冷徹なんだぜ。

 

 母ちゃん、最後に「もっと大事なこどばやんねば」って言ってたんだ。大事なことってなんだべって、あれからずっと考えてたんだ。そしたら、ある日ふと、野菜の皮炒めだの、息子にしがみ付く母ちゃんの姿が蘇ったんだ。たぶん、あれなんだよ。大事なことってのは、人のために何ができるか考え抜いて行動することなんだ。それが日下さんの場合、ドレス展示室だったってだけなのさ。

 

 オレな、もう何もないのよ。親孝行する相手もいねえし、会社継がせる息子もいねえ。これ以上、下はねえって考えたら、何か吹っ切れてな。あからさまな指名外しやら何やら、これから柿沼がいろいろ仕掛けてくるだろう。でもな、「犬っコロ」にはなりたくねえんだ。たかだかの身代を守るために汲々として、困ってる人間を見て見ぬふりしてたら、こんなバカに一生を捧げてくれた母ちゃんに会わせる顔がねえよ。

 

 次長さん。オレ、ただ、母ちゃんに褒められたかっただけなんだ。「良ぐやったど、禎一。おめはオラの誇りだ」って言ってほしかっただけなんだ。遅いかもしんねえけど、母ちゃんが好きだったこの街を、日本一安全で、安心な街にしてみせるよ。

 

(福田禎一・完)

 

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